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宇都宮地方裁判所 昭和36年(ヨ)27号 決定

申請人 株式会社目黒製作所

被申請人 総評全国金属労働組合栃木地方本部目黒製作所 烏山支部

主文

本件仮処分申請はこれを却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

一、別紙物件目録記載の土地建物に対する被申請人の占有を解き、申請人の委任する宇都宮地方裁判所執行吏の保管に移す。

二、執行吏は、現状を変更しないことを条件として、前項の土地建物を申請人に使用させなければならない。

三、被申請人は、申請人の役員、従業員が、第一項の土地建物に入つて就業すること、申請人並びにその取引先が製品、材料を搬出入することを妨害してはならない。

四、執行吏は、前各項の趣旨を公示するため、適当な措置をとらなければならない。

五、申請費用は被申請人の負担とする。

との裁判を求めた。

第二当裁判所の判断

一、(争議の経過)

当事者双方が提出した疎明資料にもとづき、当裁判所が一応認定した争議に至るまでの経過並びに争議行為の状況は次のとおりである。

(1)  申請人会社(以下会社と称する)は、東京都品川区大崎本町三丁目五七五番地に本社事務所及び本社工場を、栃木県那須郡烏山町に烏山工場を設け、自動二輪車、軽自動二輪車、原動機付自転車などの製造販売を業とする資本金三億円の株式会社であり、被申請人組合(以下組合と称する)は、会社の烏山工場従業員をもつて組織する労働組合(現在組合員一一五名)であつて、会社本社事務所及び本社工場従業員をもつて組織する総評全国金属労働組合東京地方本部目黒製作所本社支部(現在組合員約一二〇名。以下本社支部組合と称する)とともに、目黒製作所労働組合連合会(以下連合会と称する)を構成している。

(2)  会社はその企業経営が悪化するに伴い、川崎航空機工業株式会社(以下川崎航空と称する)との間で、技術交流生産分野の協定、資材購入の円滑化、販売網の拡大などを目的として業務提携をすることになり、昭和三五年一一月一一日川崎航空が会社発行株式五〇万株を買取ること、川崎航空は会社に対し取締役三名以上を派遣すること等を含む「業務提携に関する基本的覚書」を作成した。

(3)  これについて会社は労働協約第二二条第一項にもとづき、会社と連合会及び組合との協議会において、右業務提携に関し説明し意見を求めたところ、連合会側は会社が川崎航空の支配下に置かれ企業合理化に伴う人員整理があるのではないかと憂え、左様なことを行わないことを文書をもつて確認するよう要求したので、会社もこれを認め、同年一一月末頃の協議会において川崎航空との業務提携に関連して人員整理は行わない旨の確認書を連合会に手渡した。

(4)  その後連合会は昭和三六年二月二日、会社に対し一律月額四、〇〇〇円の賃上げを要求し、会社と協議した。

(5)  これに対し会社は同月一一日の協議会において、当時立案中の会社再建方策の成案を得るまで回答を留保する旨通告したので、連合会は同月一五日の連合会臨時大会において闘争方針をきめ、同月一六日、同月二〇日、同月二五日、同年三月二日、三月三日の五回にわたり、右賃上げについて会社と団体交渉したが何等進展をみなかつた。

そこで連合会側は同月一九日の無期限残業及び休日出勤の拒否闘争を始めとし、同月二二日及び二三日の両日烏山工場歯切職場及び本社工場ホイール組立職場において反覆して二四時間部分ストライキを、同月二四日から無期限に本社工場製造部工作課において出張拒否の争議行為を、同月二四日から二七日まで烏山工場において毎日各一時間の全面時限ストライキを、同月二七日から同年三月八日まで本社工場二五〇CCS7型車輛組立職場において反覆して第一ないし第三波の七二時間ストライキを、同年二月二八日から同年三月六日まで本社工場において組合員三名による指名ストライキを、同年三月一日から三日まで本社工場において組合員二名による指名ストライキを行い、会社側もこれに対抗して組合の部分ストライキに対する部分ロツクアウト宣言を行つた。

(6)  その間会社従業員の間には、前記の如く会社が二月一一日の協議会において、目下立案中の会社再建方策の成案を得るまで賃上げ要求に対する回答を留保すると通告したこととも絡んで、会社が指名解雇を行うのではないかとの噂が専ら取沙汰され、組合員の動揺が激しく、烏山工場においては同年二月二八日組合の争議方針に反対して八八名の従業員が組合を脱退し新らたに株式会社目黒製作所烏山工場新労働組合(以下新組合と称する)が結成され(現在員九四名)、その頃会社本社工場においても同様に新組合が結成された。

(7)  右のような状況のもとに会社は同年三月六日に至り、従業員七六名の整理指名解雇を骨子とする「企業合理化による再建要綱」を発表するとともに、賃上げの要求には応じられないとするいわゆる零回答を行う一方、翌七日連合会の二四時間全面ストライキ通告に対抗して、本社工場については同月八日午前八時より、烏山工場については同日午前八時三〇分より「新組合員を除き」全面無期限ロツクアウトを行うことを通告し、翌九日本社関係について東京地方裁判所に組合に対する立入禁止等の仮処分を申請した。このため争議はいよいよ深刻の度を増し、連合会は、会社が人員整理を行わないことを確約しながら賃上げ争議中の時期を選んで一方的に人員整理の基準を定めこの基準によつて解雇者を指名するとの態度に出たことは労働協約第二二条(大量の採用異動及び解雇に関する基準は会社と連合会及び組合との協議によつてとり決める。協議が整わなかつたばあいは団体交渉を行う。)第三七条(組合員の人事については連合会及び組合との協議を得て行う。)に違反するとして、争議の主目的を「解雇絶対反対」に切換え、同月八日から一一日まで、及び同月一三日から一六日まで、本社工場及び烏山工場において反覆して二四時間全面ストライキを決行するに至つた。

(8)  ところで会社のロツクアウト通告後における烏山工場の争議状況は概ね次のとおりである。

(イ) 会社はロツクアウト通告と同時に組合に対しロツクアウト実施中は烏山工場組合事務所食堂便所及び正門よりこれに通ずる最短距離以外組合員の立入又は使用厳禁を通告し、これを明示するため立札貼紙繩張りを設け、工場建物を閉鎖施錠し、会社役職員等非組合員が工場長室工場事務所等に出勤して工場施設の管理その他の業務に従事していた。

(ロ) 組合は同年三月一四日村田烏山工場長に対し烏山工場の無期限出荷拒否を行うことを通告し、又会社に対しては労働協約第三条(ユニオンシヨツプ協定)により組合から脱退した新組合員全員を解雇すべき義務があり且つ労働協約第三六条により非組合員並びに会社と組合が協定した争議不参加者以外のものを使用し不当な争議妨害行為を行わない義務を負うとして再三右事項のすみやかな履行を要求して団体交渉を申入れるとともに、新組合員の就労を阻止する争議方針を定め、これにもとづき組合員は会社構内に立入り、製品材料の搬出入、新組合員の就労阻止を目的とするピケラインを会社正門附近に張り、主として立入禁止区域から除外されている組合事務所、食堂、便所、及び正門からこれに至る通路附近に待機している。

(ハ) 会社役職員、非組合員たる保安要員がその本来の業務遂行のため会社構内に立入り工場施設に出入りすることは自由になされており、後述の約二〇日間にわたる組合員の賃金遅払を理由とする工場事務所の占拠を除いては、会社の工場施設、機械、材料等の管理権はこれら役職員によつて終始確保されており、閉鎖施錠された各建物の鍵は会社側が保管しており、組合員が工場内の私物搬出のため会社の許可を得て立入つたことがあるほか、組合員によつて工場の窓施錠の破壊等が行われた事実は認め難い。

もつとも執務中の非組合員に対し組合員が罵詈雑言を浴せ、或は会社役職員を誹謗し、会社の経営を非難したビラを工場建物に貼付し、非組合員の写真撮影を妨害する等の行為があつたことが認められるが、これによつて業務執行が不能となつた事実は認められず、かかる所為は争議の緊迫した事態に刺戟された突発的行為というべきものであつた。

(ニ) 会社が設けた立入禁止の繩張が三月一一日及び三月二六日頃数回にわたり一部取壊わされ立入禁止区域に立入つたこと、及び四月三日会社が立入禁止の札を付けた繩を張る作業を組合員が妨害したためその作業を取止めざるを得なかつたことが認められるが、三月一一日の場合は谷岡烏山工場製造部長等が行つた野火が燃え拡がり火災の危険を生じたので組合員が繩張りを壊わして現場で消火に当つた際に起きたもので違法視すべきものでなく、三月二六日の場合は職場大会に参加した組合員の一部が構内を行進中に行つたもので、四月三日の繩張作業妨害とともにその行為のみを取上げれば違法な争議行議に当るとしても、これらはいずれも争議の過程中に突発的に起つた事故であり、組合が立入禁止区域の工場施設等に侵入して継続的にこれを占有している事実はない。

(ホ) 同年三月二八日午後三時頃組合員約一〇〇名が、組合の三月分賃金支払請求に対し会社が経理上の理由で直ちに支払いできない旨回答したのに抗議し、工場事務所に立入り、阿久津烏山工場総務部長の賃金支払見通しについての弁明をききいれず、会社の退去要求を拒んで座込み、以後組合員が交代で事務所を占拠したため、工場事務所における会社役職員の執務が不可能となつた事実はあるが、同年四月一九日会社が組合に対し三月分の未払賃金を支払うと同時に組合は占拠の目的が達成されたとして工場事務所より退去し明渡したので、会社役職員等非組合員が自由に右事務所において執務できる状態に復した。

(ヘ) 同年四月四日組合員の一部が守衛所に立入り、以後組合の立場から会社構内の保安警備に従事する必要があるとして交代で守衛所に詰めている事実はあるが、会社守衛は引続き守衛所に出入りして保安警備に従事しており、これによつてその業務執行が著しく阻害されているような状況にはない。

(9)  次に組合の行つているピケツテングの状況は次のとおりである。

同年三月二三日までは労使間に何等の衝突がなく、同月二四、二五の両日は組合のピケが行われなかつたので新組合員は平常通り就労したが、

(イ) 同月二四日午前八時三〇分頃会社の下請工場である鈴木製作所、中村製作所のオート三輪車が納品のため烏山工場構内に入り、積下ろしの後外註部品を三輪車に積込み始めたところ、組合員や外部支援団体員等約三〇名が構内の道路上に座り込んで出荷を阻止し、同日午前九時一〇分頃野沢鉄工所がオート三輪で納品のため工場正門に到着したが組合側のピケ隊が車の前に立ちふさがつたので納品できなかつた。

(ロ) 同月二七日午前八時頃新組合員が「工場に入れろ」「我々に仕事をさせろ」等のプラカードを掲げ工場正門から入場しようとしたが、組合は正門前にピケラインを張つてこれを拒み、新組合幹部の入場要求に対し、組合幹部が、新組合員はユニオンシヨツプ協定によつて従業員たる地位を失つているから入場させることができないと応酬し、押問答の末新組合員は就労を断念して引上げた。その後も三月三〇日四月一〇日朝など数回同様の状況が繰り返された。

(ハ) 同年四月五日午後一時五五分頃会社は北関東運輸株式会社烏山営業所に依頼して小型四輪車一台をもつて製品を搬出しようとしたところ、組合員二名が正門前に木製の長腰掛二脚を横に並べその上に腰かけて入構を阻止し、江畠烏山工場計画課長と押問答するうち組合員一五名位が駈けつけたので、結局会社は車の入構を断念した。

(ニ) 翌四月六日午前八時三〇分頃新組合員一二名が就労のため正門に向つたところ、組合は約六〇名のピケ隊によつてこれを阻止したが、この間に新組合員約六〇名は工場裏門より手薄な組合のピケラインを突破して工場構内に入つたので、双方がスクラムを組んでもみ合ううち数名が裏門脇二メートル下の変電所敷地に転落し、双方に軽傷者を出す事故があつた。然し組合員多数が谷岡烏山工場製造部長、小川同工務部長等を取囲み新組合員に対する就労指示を阻止したため、新組合員は入構したものの就労できず工場内から退去した。

(ホ) 同月一七日午後四時四五分頃、会社は村田烏山工場長、阿久津同総務部長等会社役職員一五名をもつて烏山工場内に保管中の完成部品を搬出し本社工場に輸送するため、北関東運輸のトラツク三台にて工場正門前に到着した。これより先栃木県警察本部は会社側の要請により緊急事態に備えて警察官約一五〇名を動員して現場附近に待機させたが、会社の抜打ち的な出荷強行と多数の警察官動員という事態に刺戟された組合は、約六〇名が四列のスクラムピケを張り、その背後の工場に通ずる坂道にはドラム罐四八本を約一メートル置きに道路一杯に立て、会社の出荷強行を阻止せんとして約一時間半にわたりもみ合いが繰り返えされた結果、会社はピケを排除できず出荷の目的を達しなかつた。

(10)  最後に、争議解決のためにとられた労使双方の交渉の大要は次のとおりである。

(イ) 連合会は同年三月一七日会社に対し前記労働協約第三条第三六条のすみやかな履行、すなわち新組合員を解雇すること、交渉解決まで新組合員を就労させないこと、連合会組合員の就労を早急に認めることを要求し、これに呼応して組合は翌一八日村田烏山工場長に対し団体交渉を申入れたが、同工場長は烏山工場における団体交渉はすべて本社において行う旨回答した。同月二〇日会社と本社支部組合は三日間の冷却期間設定のため暫定協定を締結し、同月二二、二三の両日にわたり争議解決の手段について団体交渉を行つたが、全従業員の就労によつて操業しながら団体交渉を重ねて紛争を解決すべきであると主張する会社側と、ユニオンシヨツプ協定により新組合員の解雇又は不就労を前提としない限り生産再開に応じられないとする本社支部組合との間に妥結点が見出されないまゝ暫定協定による冷却期間を経過し、同月二四日会社は組合に対し無期限ロツクアウトの継続を通告した。

(ロ) 東京地方裁判所は会社の申請により同月二八日本社支部組合に対し、同組合の本社工場に対する占有を解き会社の委任した東京地方裁判所執行吏の保管に付すること、執行吏は右建物を会社に使用させること、同組合は会社従業員が工場建物土地に立入つて就業すること及び製品材料を搬出入することを口頭でその中止を説得する以外の方法で妨害してはならない旨の仮処分命令を発し、同月三一日より本社工場は非組合員新組合員による生産を再開した。

(ハ) 同月二七日組合は村田烏山工場長に対し就労に関し団体交渉を申入れ、同日及び翌二八日の二日間にわたり会社側は村田烏山工場長、阿久津同総務部長等が、組合側は佐藤執行委員長、高津戸執行副委員長等が出席して団体交渉を行つたが、双方とも前記会社と本社支部組合間の団体交渉におけると同一の主張を繰返して譲らなかつたため物別れに終つた。その後同月三〇日四月三日四日五日にわたり組合は村田烏山工場長に対し三月分賃金未払及び野火((8)(ニ)認定の事実)の件について団体交渉を申入れたが、会社は三月二八日組合の行つた工場事務所占拠を理由に団体交渉を拒否し、四月四日組合を相手取つて当裁判所に対し(本件)仮処分を申請するに至つた。

然し四月八日右仮処分に対する当裁判所の第一回審尋において、組合は就労の条件として必ずしも新組合員の解雇又は不就労を固執しない旨を述べ、自主的解決に委ねるよう求めたので、四月一二日烏山工場長室において会社側村田工場長等、組合側佐藤執行委員長等が出席して団体交渉の事前打合せをした結果、ロツクアウトを解くこと、新旧両組合が就労すること、トラブルが起らぬよう確約すること、仮処分申請を取下げること、との諒解に達したが、仮処分申請の取下げについては会社側は本社と相談の上回答するとのことで打合せを了え、翌一三日午前一〇時再開したところ、村田工場長は仮処分申請は就労してからの状況で取下げ手続をする旨回答したため、組合側は先ず仮処分申請を取下げなければ就労することができないと主張して話合いは決裂した。

(ニ) 当裁判所は同月一九日の第二回審尋において当事者双方に対し自主的団体交渉を勧告したところ、同月二一日会社本社において鈴木代表取締役、谷口連合会長等が出席して団体交渉が行われたが、組合側は、会社がさきに示した企業合理化に伴う再建要綱の人員整理を撤回すること、既に三〇名以上の者が退職届を提出し又は退職を希望しているのでまず希望退職を募るべきこと、若干の賃上げを認めること、ストライキ中の賃金を支払うことを要求し、これに対し会社は前記要綱の整理基準に基く指名解雇の必要性と会社の事業不振を強調して組合の要求を原則的に拒否したため、団体交渉による争議解決の見通しが立たず、翌四月二二日の当裁判所の第三回審尋に際しても、組合は引続き団体交渉による争議解決を希望したが、会社は組合の違法な争議行為が排除されなければ団体交渉には応じられないとの態度を固執した。

二、(執行吏保管の仮処分について)

会社は所有権にもとずき別紙物件目録記載の土地建物に対する組合の占有を解き執行吏保管に移す旨の仮処分を求めているのであるが、前記認定事実により明らかな如く、別紙物件目録記載の建物のうち現に組合が占有しているのは守衛所のみであり、しかも組合の守衛所に対する占有は争議中と雖も組合は独自の立場において会社や新組合とともに会社工場その他の施設の保安警備をなすべき責任を有するとの見解のもとに行われているもので、右占有は排他的ではなく、これによつて会社守衛の会社構内における保安警備業務の遂行に著しい支障を来たしているとは到底認め難く、従つて組合の守衛所に対する占有は会社の所有権ないし占有権を不法に侵害しロツクアウトの趣旨に反するものとは言い難く、また右占有を解かなければ会社に著しい損害を与えるような必要性も存しないというべきである。

次に組合員の会社構内占拠について検討すると、前記認定事実によれば、組合員は新組合員の就労阻止及び会社役職員その他の第三者による製品材料の搬出入阻止のため会社正門にピケラインを張り、会社構内に待機しているが、その場所は主として立入禁止区域から除かれている組合事務所、食堂、便所、及び正門からこれに至る通路附近であることが認められるから、その限りでは不法に会社構内を占拠しているとはなし難く、新組合員の就労強行或は会社の出荷強行に対しピケツテングによりこれを阻止するため組合員が工場裏門その他立入禁止区域内を一時的に占拠した場合においても、次項において述べる如く組合のピケツテングは適法の限界内にあつてこれを禁止すべき必要性は認められず、又会社役職員、非組合員たる保安要員がその本来の業務遂行のため会社構内に出入することは自由に行われていて何等阻止されておらず工場建物施設の管理権は会社の保安要員が確保しており、たゞ既述の如く組合員が会社役職員に対して罵言を浴せ又は会社が設けた立入禁止の繩張りを一部破壊したようなことがあつたが、それは争議の緊迫した事態に刺戟されて突発的に起つた事故に過ぎず、そのほか組合員が工場内に立入つて建物施設を破壊したり事業の存続工場施設の安全を危険に陥入れて会社に著しい損害を与えるような意図も行為も何等認められないのであるから、組合員の右会社構内一部占拠をもつて会社の工場建物及び会社敷地の所有権占有権を不法に侵害した会社のロツクアウトを破るものということはできない。

会社は、「昭和三三年一〇月頃から業績低下を来たしはじめ、昭和三六年二月末現在銀行からの融資、取引先からの仮受金、前受金は総額約一億二、一〇〇余万円に達し、本件争議のため既に受註している製品の生産もできず、一日も早く操業を再開し、製品を出荷することが破綻の直前にある会社を救う唯一の道である」旨主張するが、本件争議を長期化し現状のまゝでは解決困難な事態を惹起している最大の原因は、昭和三五年一一月末頃川崎航空との義務提携による人員整理は行わないことを確約しながら、三ケ月後の昭和三六年三月六日に、会社の企業合理化に伴う人員整理であるとして突如しかも組合の賃上げ争議中に労働協約にもとずく組合との協議を経ることなく会社が一方的に定めた整理基準により七六名の従業員を指名解雇によつて整理する旨の再建要綱を発表し、次いで同月七日組合に対しロツクアウト宣言を行つてその就労要求を拒み、他方で操業の自由を主張して新組合員の就労を強行せんとし、組合員を職場から閉め出す意図を示し(かかる攻撃的でしかも旧組合のみに対するロツクアウトが使用者側の争議行為として適法であるか否かは問題であるが、その点はしばらく措く)組合がこれに対して必死の抵抗を試み或は感情の激発によつて突発的な事故が生ずるや直ちにこれを取上げて違法行為呼ばわりし、かゝる違法な争議行為の排除のみを固執して争議の根本的解決への努力を尽さない会社側の態度に負うところが多い。従つてたとい会社側主張の如き経営上の急迫した事態に立到つたとしても、本件仮処分によつてのみ右危機を打開し得られるとすることは首肯し得ない。

以上認定した本件争議の諸般の状況に鑑み、組合の会社所有建物土地に対する占有を解いて会社の委任する宇都宮地方裁判所執行吏の保管に移し、執行吏は現状を変更しないことを条件として前項の土地建物を会社に使用させなければならないとする本件仮処分申請の趣旨第一項及び第二項の部分は被保全権利を欠き、(組合の守衛所占拠については保全の必要性もない)許容できないものである。

三、(就業並びに出荷妨害禁止仮処分について)

使用者の工場施設所有権及びこれにもとづく操業の自由はもとより市民法的財産権として保護されるものであるが、一方労働者としても、憲法上争議権が保障せられ、争議行為の本質が労働力の価値を認識させるために必要な限度で使用者の支配を排除することにある以上、争議によつて使用者の操業が阻害されることは当然の帰結であり、争議中における使用者の操業は、平常時におけるそれと異り、労働者の正当な争議行為によつて制約されない範囲においてのみ保護されるにすぎない。そして、使用者が操業継続のために使用しうる労働力についても、争議行為に対する対抗方法として理解すべきものであるから、原則として、争議開始当時における非組合員たる従来の従業員に限られ、しかも、その従業員のなしうる労務の態様も、無制限ではなく、その固有のものに限られるものといわなければならない。そこで、本件において会社が操業のため使用せんとする各種労働力を、組合の争議行為との関連において順次検討してみよう。

さきに認定したように、会社は昭和三六年三月七日のロツクアウト通告において新組合員を除外する旨を明示し、その後再三会社と新組合とが意思を連絡して就労を強行しようとしているのであつて、会社が操業再開の主要な労働力を新組合に期待していることは明瞭であり、その積極的な根拠として、会社は、「労働協約第三条にユニオンシヨツプ協定があるけれども、本件のように大量集団脱退が行われて、右条項の目的とする統一的基盤が失われてしまつたような特別の事情のもとでは、も早右条項の効力は及ばない」と主張する。なるほど、前記認定のとおり、組合と新組合とは、その組合員数においてほとんどきつこうし、外面的に観察すれば、烏山工場従業員の意思が分裂してその統一的基盤を失つたかのごとく見えるけれども、本来の唯一交渉団体であつた第一組合が、その非民主的運営その他の理由によつて内部的に崩壊し、その優勢的多数が脱退して第二組合を結成し、これによつて既存の第一組合が労働者多数の意思を代表せず、少数尖鋭者の集団に化したような場合ならば格別、単に第一組合の争議方針を不満とする組合員が集団的に脱退して第二組合を結成し、その構成員において第一組合と並列しうるに至つたというだけで直ちに労働者の統一的基盤が失われたと断ずることには甚だ疑問がある。近時ストライキ中の組合分裂―集団的脱退―第二組合結成―第二組合の就労強行という過程が労働争議の一類型となつた観があるが、このような類型を、みだりに団結権平等の原則の名のもとに肯定し、従来の自主的規範の適用を拒むことは、かえつて、労働者の団結権を形骸化させる危険性が大きいといわなければならない。特に、本件についていえば、組合のストライキ決議が規約違反あるいは非民主的になされたとの疏明がないばかりでなく、当時の争議方針が別に過激尖鋭的なものであつたと認むべき疏明もないのであつて、さきに認定したところから考えれば、組合がストライキを宣言した当時、会社が企業合理化による人員整理の意図を有するのでないかとの疑念が一般に流れていたことは推測にかたくなく、かかる場合、新組合が分裂結成されスト回避の方針をとるかぎり会社から好意的な取扱を受けるだろうと期待することもまた否定しきれない。従つて、会社が積極的に争議中の組合員に働きかけてこれを分裂させ、新組合の結成を導いた上、これによる操業を狙つたものであることの疏明はいまだ十分ではないとしても(もし、右のような事実が存する場合、組合に対する不当労働行為―支配介入と評価されるべきことは当然である)、むしろ反対に解すべき特別の事情の認められない限り、新組合結成の決定的要因は、以心伝心的に会社の意を迎えて組合ないし争議の切崩しを企図したものと推測すべく、形式的に労働組合法第二条本文の要件を具えた労働組合であると否とを問わず、新組合の御用的性格は払拭しきれないものがあり、同時に組合に対する関係においては集団的スト破りと評価されてもやむをえないものがあるといわざるをえない。

そうであるとすれば、前記認定の事実から窺われる程度の組合の新組合就労阻止の諸態様は、もとより脱退分子に対して組合の団結権及び争議権を防衛するための必要限度の手段として是認される範囲を出ないものと考えられ、その間に何らの違法性を見出すことはできない。なお、会社の疏明中には、組合の就労阻止によつて新組合員が軽度の傷害を受けたごとき資料が存するけれども、偶々組合のとつた手段中に正当性の限界を逸脱し暴力にあたると認められる部分がかりにあつたとしても、組合がいぜんその統制力下にあると主張するのに対して、新組合はこれを抗争し両者の対立がいわゆる平和的説得、団結の示威を越えて力関係の対立にまで昂揚されたものと認められる情況のもとにおいて突発的に発生した個々の不祥事をもつて直ちに組合の争議行為が違法でありその方針が暴力的色彩に貫かれているものと速断することは、争議の実状を無視するものであり、他に本件において組合の争議方針が暴力行使をあえて容認するものであることの疏明はない。

次に、前記認定によれば、会社が四月一七日その役職員一五名をもつて烏山工場内から出荷しようとしたところ、組合がピケでこれを阻止しその目的を遂げさせなかつたのであるが、非組合員たる役職員の固有の業務が出荷部門であるとは容易に考えられないから、右は出荷部門の労働者の職場を代置しようとしたものと見るべきであり、かかる実質的なスト破りが労働協約第三六条のいわゆるスキヤツプ禁止条項の趣旨に触れることは明白である。そしてこれに対する組合のピケについては、四列のスクラムのほか道路上におびただしいドラム罐を並べる等、その態様においていささか度を過ぎたきらいがないではないが、いわゆるピケの正当性の範囲は、固定的に平和的説得に限定さるべきではなく、争議の経過、その対象が何人であるかなど諸般の情況から流動的に判断されるべきものであつて、協約違反の役職員のスト破りを防衛せんとしたものであること、多数警察官の待機という緊迫した状況にあつたこと、その他本件において疏明された諸事情を綜合して考えれば、器材及びスクラムをもつてした右ピケは、全体としていまだ会社の受忍すべき限度を越えているものとはいいがたい。

また、組合が会社の依頼を受けた運送会社あるいは会社の下請業者の出荷を阻止した事実のあることは、前記認定のとおりであるが、右運送会社に対する依頼が前記労働協約第三六条違反の行為であることはいうまでもなく、下請業者についても、第三者であるためその納品搬入行為を強力に阻止することは許されないとしても、出荷部門労働者の代置としての搬出行為を阻止することは、役職員の場合と異るところがなく、右各阻止に際して組合がピケラインを防衛する限度以上の実力を行使したことの疏明はない。

以上のとおり、結局会社の全疏明によつても、組合が会社に許容された範囲の操業ないし出荷を不法に妨害したことは肯認することはできないし、また将来そのような行為が行われるおそれがあるものと認めるべき資料も存しないから、組合の就業並びに出荷妨害禁止を求める部分はその被保全権利を欠くといわなければならない。

四、むすび

思うに、憲法によつて労働者に団結権ないし争議権が認められている所以のものは、これによつて労働者の地位を引上げ、経営者と対等の場において労資間の紛争を自主的に解決せしめようとする趣旨であることは今更いうまでもないところであり、争議行為というものも、それは右の自主的解決のために用いられるべき一つの手段として許されているものであつて、決して労資間の関係を破壊に導くことを許容するものではない。そして法が右のように労資間の紛争の自主的解決を予定している以上、争議について当事者が司法的救済を求め得るのは、争議がその本来要請される理性と良識を失い、感情的憎しみに支配されて暴力の場と化すような場合にのみ限らるべきものと考えられるのであつて、争議を自己の有利に導くための手段として司法上の仮処分を求める如きことは許されないものと考える。

而して当裁判所が以上において判断したところは、本件争議の過程において二、三の行き過ぎないし不祥事が発生したことはあるが、それは寧ろ突発的に発生したもので、争議という異常な情況のもとではこの程度のことは双方とも忍容すべきものであり(勿論突発的と雖も個々の行き過ぎないし不祥事を是認するものではないが、争議における自力救済的な面から違法性の限界を言わんとしているものである)、本件争議においては未だ双方の良識に基いて十分に自主的解決が可能であり、司法的介入は避くべきものと判断したのである。

よつて会社の本件仮処分申請はすべて理由がないからこれを却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 石沢三千雄 橋本攻 竹田稔)

(別紙省略)

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